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2013年5月17日金曜日

全ては3ヶ月で決まる


先日、別々にお会いした方から全く同じことをお伺いしました。
それは

「3ヶ月が勝負」

ということです。

初めて3ヶ月間でどれだけ成長するか。
その角度で1年、3年、5年、10年後どうなっているか決まるというのです。

というのは新しい環境になった際、最初はがんばれるけど、環境になれていくに従って変化させるのは大変になるので、最初のライフスタイル(仕事スタイル)が維持されるからだそう。

考えてみれば確かにそうで、新しい環境では、何もかも新しいのでがんばらざるを得ない(変化せざるを得ない)けど、慣れてきたら変化させる必要がないので、人間は怠け者で、無理やしんどいことをさけたがるものであるから、そのままの状態を維持するということですね。

これはある種の真理だと思います。
例えば、既存企業が新規企業に取って代わられるのも、既存企業より、新規企業の方が変化しようという意志が働くからであるし、
世界の中心(といっていいのかな)がイギリス→アメリカ→日本→中国と変わっていったことも同じような理由といえそう。

さらにアメリカがイギリスのマネをし、日本がアメリカのマネをし、中国(韓国もか)が日本のマネをして成功しているのは、後発者に有利があるからです。つまり先陣をきって新しいものを気づく仮定に注ぐエネルギーが必要なくその新しいものを手に入れることができ、余ったエネルギーを別の新しいものに注ぐことが出来るからです。加えて新参者の方が圧倒的にコストが安い!

だから今までの歴史を見て、反映がアジア→ヨーロッパ→アメリカ→アジアと移り変わっているのはある意味自然なことで30年ぐらいでアジアが世界の中心になって100年後にはアフリカに中心があるなんてことも全然あり得る。

ということで話がそれましたが、

入社3ヶ月くらいはどんな無茶してもなんとかなる。
そしてそれに慣れたらずっと無茶できる。

一方で最初に怠けたらそれに慣れるのでずっと怠けたまま。
成功できるかの分かれ目、それは

「3ヶ月」

2013年5月9日木曜日

【書評】海賊と呼ばれた男

かつて、日本には海賊と呼ばれた男がいた。。。
と始めたくなるタイトルですが、実際には
「青い空がどこまでも続いていた。」で始まります。
そして敗戦直後の日本、社員1000名を抱えたまま何も売るモノがないそうした状況で、社員の前でこう言い放つ。
「愚痴は止めよ。(中略)日本は必ずや再び立ち上がる。世界は再び驚倒するであろう」

冒頭からいきなり主人公、国岡鐡造の世界にひきこまれる。

そして物語は、日本の工業化から戦争、オイルショックと激動の時代をかけめぐる。

上下巻あわせ700ページにもなる小説だが最後まで退屈する部分がなかった。

ベストセラー「永遠の0(ゼロ)」の作者である百田尚樹の著書であり、第10回本屋大賞を受賞したこの「海賊と呼ばれた男」は、ある現実の人物の人生を描いた物語である。

それは先日のブログ『考える」人の未来』でも少し触れた出光佐三である。

というわけで、前回のブログを書いている際にもこの本を読んでいたのですが、

国岡(出光)という男は気違いです。
それと同時に、真の日本人です。

彼がいなければ、日本の高度経済成長はありえなかった。
(どころではなく、日本は未だに農業国かもしれない。)
彼の先見の明、気概、頑固さが日本終わった。と思う時を何度も救います。

そして、同時に考えさせられるのは、日本という国は過去を通して現在まで、何も変わっていないということ。
上には迎合し、下には、きつくあたる。ことなかれ主義、護送船団を代表に建前は立派で中身は既得権益の保護。

こうしたことに辟易しながらも、あきらめず、絶望の淵に追いやられながらも、あきらめず、日本のために行動する彼の姿はまさに海賊である。

エピソードがリアルに基づくだけあってリアリティがあり、それでいて、そんなまさか!というドラマチックさもあり、これは本屋大賞にも選ばれるよ!という納得の一冊。




海賊とよばれた男(上・下)
作者:百田尚樹
出版社:講談社
発売日:2012/07/12

2013年5月7日火曜日

「考える」人の未来


「考える」といったとき何を思い浮かべるでしょうか。

クイズ、数学、自分の人生、ロダンの考える人、、、、
いろいろなものがあげられると思います。

考えるということは、人の生活に密着し、欠かせないものです。
考えることについてあのBlaise Pascalは「人間は考える葦である」といっています。
(原文はL'homme n'est qu'un roseau, le plus faible de la nature; mais c'est un roseau pensant)

葦は弱いものの比喩で、
人間は自然の中で最も弱い存在である。
世の中には人間よりも強いものがたくさんいる
その気にならなくても自然は人間を簡単に殺すことができる。

しかし、人間は、それらよりも崇高な存在だ
何故なら、人間は自分が死ぬことも、自然が人間よりも優れていることを知っているからだ。

それ故、人間の尊厳は考えることにある。
だからよく考えるように努めよう。

このような意味です。

(蛇足になりますが「葦」という比喩はもう一つ人間の特徴を捉えています。それは「群れる」ということです。
人は弱い、だから群れる。そして群れから追い出されたくないが故に排他的な行動をする。パスカルがこのことをいっていたかは定かではないですが、人間の重要な特徴だと思います。)

また、哲学とはまさに考えることです。
哲学の対象は一定ではなく、「philosophia=philos(愛) + sophia(知)」が語源でした。
その扱われるテーマは真理や、本質、善、美など1つの答えのないもので、途方もなく考え、議論がされていました。

古来から人の営みは考えることと共にあったといえます。

そして日本の偉大なる経営者たちの多くも考えることを大切にしています。

松下電器の創業者、松下幸之助は「とにかく、考えてみることである。工夫してみることである。」といっているし、

出光興産の創業者、出光佐三は小学校の頃から神経病と眼病を患い、読書よりも考えることを習慣としていました。そして、部下に対して何かを任せる時は徹底的に任せる。そうしないと部下に考える力が身につかない。そういう経営者でした。

さらに、ユニクロの創業者、柳井正は実行主義で、どんないいアイデアも実行しなければ、時間の無駄といっていますが、「全員経営」といって、全ての社員(アルバイト含む)に経営者の立場で考え、行動することを説いています。ただいわれたことをするのは経営者ではないということですね。

また、有名なブロガー、ちきりんさんは
「自分のアタマで考えよう」という著書で考える重要性を説いています。


自分のアタマで考えよう
作者:ちきりん
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2011/10




ちきりんさんのブログはこちら→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/ 

大前研一さんもその著書のなかで、先に進む前に考えて見て下さい。と思考を促しています。

多くの時代、様々な人が、考えることの重要性を説いているのです。

しかし、これだけ「考えること」が重要だとわかっていても、多くの人が、考えないことになれていると思います。自分はしっかり考えていると思う方も、周囲に考えないひとが多いのは感じませんか??

何故でしょう??
少し考えてみて下さい。






私なりの答えは、
「考えない方が楽だから」であり「考えさせない方が楽だから」
だと思います。
考えなければ悩まなくて良いし、疑問を持たなければ特に問題も起きず、そのままやり過ごせる。
また相手に対しても考えさせないで、教えた方が圧倒的に早いし、変に考えさせると、間違った答えにたどりついたりして、訂正がめんどう。だから部下の疑問は「そんなことより」と流してしまうんですね。

しかし、考えない人に未来はありません。
考えないとテンプレートの行動しか出来ず、いずれ、機械やロボットがその仕事をするようになるでしょう。また、不測の事態には対応できません。また、イノベーションを起こすなど夢の話でしょう。

つまり、「考えない」と今は楽でも将来は困るということです。

先日のエチオピアの子どもたちの記事(こちら)とも関連しますが、「熱心に教えよう!」などと意気込まずに「考えろ!」と突き放した方が子どもたちのためなのかもしれませんね。教えてしまう方がずっと楽ですが、教えない方が大切です。

考えない人に未来はないとか書いてしまった手前、考えない人だと自分で思っている方に救いの手を差し伸べなければいけませんね。ヒントは「ググれ」です。笑

近い将来、人の役割は考えることだけになるかもしれません。
記憶は全て機械が行い、家事も全て機械が行う(今だって掃除してくれるロボットありますよね?)、そして、生産活動も全部ロボット、ウェイターも販売員も全部ロボット。そんな世界です。
そこで生きれる人間は「考える葦」だけなのかも知れません。

えっずっと先の話??30年前にパソコンがここまで普及し、携帯電話が1人1台になり、スマホができ、SNSでつながりあうなんて予想してたひとがいますでしょうか??

あくまで「近い」将来の話ですが。。。




2013年4月30日火曜日

絶望の国の幸福な若者たち ー the happiest youth in the hopeless country


非常に久しぶり。というかやっていたの??という感じですが更新しました。
とりあえずの近況報告等はFacebookにお任せして、

「絶望の国の幸福な若者たち」作者:古市憲寿を読みました。

I read "the happiest youth in the hopeless country"( I translated)by Noritoshi Furuiti

Nowadays, Japan has many issues, such as aging population, low economic growth, irregular employment.
Indeed, the Great East Japan Earthquake struck us and it triggerd huge Tsunami  in 2011.
The  future outlook is gloomy.
However, 73.5% of Japanese twenties answered "satisfied" about daily life on the national survey in 2011("Public Survey about Living for Citizens"by Cabinet Office),in contrast, only about 50% in 1980's( in the middle of the period of high economic growth).
Are they happy in the hopeless country?? the answer is written in this book.
Japanese seniors worry about their youth. they often say "they became introvert. they don't want to buy goods".Is it true?? Also this is that the author concerned about.

Answer is "they didn't become introvert. they do want to consume, but the way is more sustainable.
and Are they happy?? it's difficult to answer but maybe much better than past"

It's quite interesting. I don't mention the detail, but if you want to know the detail, I'll try to tell you with my poor English!! 

最近日本では、近頃の若者は「内向的」になった「モノを買わなく」なったといわれている。(らしい)

日本は少子高齢化が進み、若者の非正規雇用、不景気が続き、さらには東日本大震災が日本を飲み込み、将来の展望はどす黒い。
こんな時、2011年度の世論調査では、現在の生活に満足しているか?という問いに73.5%の20代が満足しているとこたえている(内閣府「国民生活に関する世論調査」)。
年金、生活保障はかさみ、先人たちが将来にツケを回し、のんきに年金暮らしをする中、そのツケを一身に背負わされている若者たちはその先人たちより幸福度が高いのである。
そしてその先人たちは「近頃の若者は」と自分のことは棚に上げて、日本の暗い現状を「若者」のせいにしているのである。

でも、「若者」は幸せなんだからいいんじゃないの?
その通りである。でもほんとうに「幸せ」なのだろうか。

本書では最近の「若者」に関して、データをもとに論理的に分析されていた。

まず「内向的」かどうかについてはNO、本書にあげられていた「社会貢献意識の上昇」「海外留学者数は減少してるけど、海外留学者率は変わらない」ということだけでなく、一「若者」としての感覚として、昔は知らないけれど、まず学生中に海外いってないという人はほとんど聞かないし、昔であればなかなかいけなかったであろう国にいっている友人も多い(ガーナやブラジル、ペルー、ルーマニアetcでなかには南極にいった強者も)。
ソーシャルアントプレナーブームもあってか、起業する友人、ボランティアや、社会貢献活動をする人も非常に多い(実際にはボランティアする人の数は変わってないらしい)。

「内向的」になっているのはウソ!一部の暗いメディアがそれらしいデータ持ってきて騒ぎ立てているだけだろうと思う。学生運動が盛んな頃と比べ大人しくなったというのは否定しないけど、当時が異常なだけだし。。。

しかし、一方で、「入り口」が少ないというのは間違いないと思う。
バブル期であれば資金が潤沢にあって簡単に海外にいけたかもしれないけれど、今の若者は、海外に行くためには安い時給でこつこつバイトして貯めなくてはいけない。
そして何をするにしても許可が必要だ。震災時に募金活動をするために地方自治体に申請したがなかなかおりなかったというのはビックリした。

「内向的」の真相はここにあると思う。
ばりばり社会貢献したい若者→なかなか許さない、&若者に肩身の狭い思いをさせる先人
→実際の行動の減少→メディアが「内向的」と騒ぎ立てる→それを信じた大人が極一部の具体をあたかも一般のように話す→風潮が広まる。

何とも日本らしい構造。偉い人がYesといったらYesになるんですな。

物欲がなくなったというちまたの噂もウソです。ただ消費性向が変わっただけです。
昔みたく、無駄なものは余り買わない。昔よりサステイナブルな消費に変わったということらしいです。
そして買わなくなったといっても分母が圧倒的に減ってきてるんだからそりゃ購入数も減るわ!ということですね。20代の人口は2001年と比べて21%も減っているんだから。
クルマなんてのも今の若者にとってはコストがかさんでいらないだけってことですね。これは主に都市に住む若者の話で、地方の若者はやっぱりクルマほしがっているし。
テレビも一緒で、やはりみないものに大金だして買おうとしないということですが、何か気になることがあればインターネットで調べれば良い。でも未だに結構な若者がテレビを持っているし、見ている。そりゃ一日6:00もみている70歳以上の世代に比べたら少ないけれどそれでも一日平均2:00も見ているんですから。

だから購買が減っているのは事実だけどそれは絶対数が減ってる影響を考慮していないことが原因ってことですね。

みんなスマートフォンは大金をだして買う。パソコンも買う人が多い(これすらもスマートフォンがあればいらないという人も結構いるらしい本当か怪しいですが)。

まぁ世間が騒いでるほど問題ではないですね。
問題なのはここまで出生率を下げた政策担当者(子ども手当とかやって無駄に支出増やした政党もありましたが)、そしてこうした暗いネタをおもしろおかしく騒ぎ立てるメディア、そしてそれを何も考えずに信じる国民ということです。

そして、何故「最近の若者」は幸せなのかということです。
個人的な答えは「最近の若者」は「昔の若者」より幸せだし、「昔の若者」は「最近の若者」より幸せ
です。
つまり、個人は他者を自分よりも相対的に不幸だと思うことで幸せだと思っているということです。
「最近の若者」は今はコンビニで何でも買えるし、大してお金なくても友達とバーベキューができるし、スマートフォンで何でもできる。
「昔の若者」は今、「最近の若者」はこんな景気が悪いときでかわいそうだ、それに比べて自分が学生のときはよかった。と

しかし、日本は幸せな国になったのかというとそうではない。特に若者の将来は暗い。
本書に書かれていたのは 60歳以上世代は6500万円得するけれど20歳未満世代は5200万円損するらしい。
税金を払う現役層が減っていく一方、退職して年金暮らしをするひとが増える(特に団塊世代の引退)。
そして日本の賦課方式の年金制度では物価が高くなっているわけだから、今の60歳以上の人はものすごく甘い蜜をすうことになる(しかも当時は先行きが明るかったからばんばんお金を使えた)。こうした圧倒的な世代間格差が現在の日本である。そしてさらに悪いことに多くの若者がそのことに気づいていない。もしくは気づいていても、上をがっちり利権で固められ入る余地がないなかであきらめている。

現状から少しでも変えようという人が現れない限り、日本の未来は。。。

自分も若者ということを忘れていろいろ書いたけれど、本当に多くの課題が日本には山積みで、チャレンジングで、ある意味では幸せなのかもしれない。


世間でいわれている話は実際はどうなのか、また、現在の日本の現状、若い人にも、今、現役ばりばり世代の方にも、引退された方にも読んで頂きたい本です。


絶望の国の幸福な若者たち
作者:古市憲寿 
出版社:講談社
発売日:2011/09/05



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Days in Chicago 
Chicago is inconvenient without cars,
but I'm really enjoying.


2012年6月30日土曜日

日本人らしさ


先日、とある中小企業の社長さんとお話させていただく機会がありました。

今の厳しい社会で生き残るためにはどうしたらいいか。
日本人として、日本人らしく、社会に貢献するためにはどうしたらいいか。
そんなことを考えさせられました。

社長がおっしゃっていたのは
感謝の気持ち
どかかでだれかがみている
という3つの大切なこと

気にしないこと


感謝の気持ちについては
有難うというテーマで以前書かせて頂きました。
記事はこちら

感謝ということで欠かせないことに


この言葉があります。

日本はもともと、災害が多い土地で
1293年 鎌倉大地震
1707年 富士山大噴火
1923年 関東大震災
など
過去を振り返っても多くの災害があります。
それでも日本が成長、発展してこれたのには絆を大切にし、
自然に感謝し、
助け合いの心を忘れなかったからだと思います。
感謝、絆、日本人の大切な心です。

そして縁

ひとつひとつの出会いには必ず意味があります。
そうした縁を生かすも殺すも自分次第。

いつも謙虚で朗らかに生きることが大切です。

縁については語ることが多すぎるので次回以降に譲ります。


最後にどこかでだれかがみているということですが、


お天道さまがみている。
こんな言葉があります。
ひとがみていなくてもお天道さまがみている、お見通し、だからちゃんとした振る舞いをしなさい。という言葉です。

どこかでだれかがみている

これも同じことですよね。

いつどこでどんなことがあるかわからないです。
もしかしたら、たまたまいったコンビニの店員が友人の友人でで
知らずに横柄な態度をとってしまい、人間関係が崩れるかも知れません。

就活生にとっては、たまたまエレベーターで乗った人が面接官なんてこともありえます。

世の中何が起こるかわかりません。

運が悪かった。それだけのことかもしれません。
でもその運を招いたのも自分の行動の結果ですよね。

いろいろ書きましたが、もっと多くのことをお話して下さいましたが、今回は日本人の大切な3つの考え方で留めておきます。

日本にはすばらしい文化、思想、そして自然があるんですよ〜


mohiのつぶやき
明日は友人の展覧会にいって
六甲山でBBQ。
日本の豊かな自然と、志の高い友人の思いに触れてきます。

2012年6月14日木曜日

有り難うのチカラ

 久しぶりの更新になります。

ここ最近、ほんとに刺激の多い日々でした。
(精神的にも腹部てきにも。。。)

そんななかで、キーワードとなったのが
「ありがとう」です。




ありがとう。

普段何気なく使うこの言葉ですが、
ほんとに奥が深く、チカラのこもった言葉だと思います。

というのは、本日参加させて頂きました、
本山雅英先生のファシリテーション・ガーデン、

そして、日本の文化、

この2つからです。

まず、ファシリテーション・ガーデンについてですが、
コーチング・ラボ・ウエストさんの企画する、ファシリテーションのセミナーです。

そこでキーワードとなったのが「ありがとう」です。

たとえば、
ブレストや、ディスカッションなどをしている際、
時間になってもなかなか静まらず、ずるずるしてしまうこと
ありますよね?

そんなとき、つい、
「時間です!!」 「はい、静かに!!」などと言ってしまいますが、
ただひたすらに「ありがとう」という
そうすると、相手も嫌な思いをせずに終われます。

また、つい、自分の思いをいいすぎて、話が長いひとに対し、
遮ってしまうのも気が引けますが、
「ありがとう、気持ちはわかったから」などと切り返すと
お互い納得して次の話にいけます。


ちょっとした気遣いかもしれないですが、そのパワーは絶大です。

この「ありがとう」ですが、
みなさんはその起源をご存じでしょうか?

実は、その起源はお釈迦様にあります。



盲亀浮木の譬(もうきふぼくのたとえ)
というらしいのですが、


お釈迦様が弟子の阿難に対し、
「人間に生まれたことをどのように思っているか?」
と尋ねた所、阿難は
「大変喜んでおります。」
と答えました。
そこで、お釈迦様は
「どのくらい喜んでいるか?」
と尋ね、阿難は答えに窮しました。
そこで、お釈迦様は
「果てしな~く広がる海の底に、目の見えない亀がいる。 
その亀は、100年に1度、海面に顔を出すのだ。 
広~い海には1本の丸太棒が浮いている。
その丸太棒の真ん中には、小さな穴がある。 
丸太棒は、風のまにまに、波のまにまに、
西へ東へ、南へ北へと、漂っているのだ。

阿難よ。 

100年に1度浮かびあがるその目の見えない亀が、 
浮かび上がった拍子に、丸太棒の穴に、
ひょいっと頭を入れることが有ると思うか?」

と尋ねられ、阿難は

「何億年×何億年、何兆年×何兆年の間には、
ひょっと頭を入れることがあるかもしれませんが、 
ない、と言っても良いくらい難しいことです」 

と阿難が答えると、 

「ところが、阿難よ。 
私たちが人間に生まれることは、 
その亀が、丸太棒の穴に首を入れることが有るよりも、 
難しいことなんだ。 
有り難いことなんだよ」

とおっしゃったそうです。

そう、
「ありがとう」
という言葉は
「当たり前だと思っていることも実は、
何個もの奇跡が重なってできた有り難いものだ、
だから、その奇跡に感謝しよう」
という思いからきています。

毎朝、太陽が昇ることは、有り難いことだし、

こうして、あなたと話せていることも有り難い。

そうした、謙虚で、他者を思いやる、
日本人らしい、美しい言葉だからこそ、

こうした素晴らしいチカラがあるのかな、
そう思います。

ブログを読んで下さったみなさん、
有り難うございます。これからもよろしくお願いします。


mohiのぼやき

久しぶりの更新になりましたが、
いかがでしたでしょうか?

書きたい話ばかりたまってなかなか書けていませんが
もっと充実させたいです。

ここ最近はというと、
ひたすらに腸炎との戦いでした。

ただ、

ひたすらに。。。

2012年5月23日水曜日

Let's do it|100万人のごみ拾いプロジェクト


ゼミの教授に紹介されたものですが
面白い取り組みなのでシェア

「Let's do it!プロジェクト」
2008年5月3日に行われた、エストニアのゴミ拾いです。
エストニア語ではTeeme ära

なんだただのゴミ拾いじゃないかと思ってはいけません!
規模が半端じゃないです。
5万人が参加し、一日で10万トンのゴミを拾い上げました。
また、政府主導で行えば30億円はかかったであろう取り組みを
民間主導で行い6500万円で実現しています。

そして今ではグローバルに呼びかけ
100万人規模の取り組みになっています。


こうした、不特定多数の人に開かれた形で
しかも、一人一人の負担が少ない形で
行われる活動は今後も注目されるであろうし、
応用がききそうです。

例えば、植林とかもできそう

大事なのは

ハードルが低いこと
誰にでもオープンなこと
貢献している感、達成感が得られること

でしょうか。

今後にも期待ですね。

↑Let's do it のホームページはこちら

もひのぼやき
昨日は久しぶりにフットサルしました。
毎回メンバーの半分くらいが初対面ってのがたまらず楽しいですね♪
筋肉痛は伴いますが。。。


2012年5月9日水曜日

言うは易く行うは難し??


今日は分け合って、霞ヶ関にお邪魔しました。
何故お邪魔したかということは後々お伝えさせて頂くことになるかと思います。
そうした道中、帰り道の中で議論し、話したことがあります。

何故人は行動できないんだろう

ということです。

言うは易く行うは難し
という言葉があるように人々には(特に日本人には)
何かを行うことにものすごい抵抗があるみたいなんです。

しかし、あほみたいな学生生活をして、愉快な仲間たちに囲まれていると
行うことって実はそんなに大きなハードルがあるわけじゃないのではないかと思います。

私の所属するNPOの取り組みと同じことをやるといったら恐らくできる人はほとんどないとは思いますが、
活動の中身であるリデュースはだれにでもできます。
それも、何も準備なしに。

ただスーパーにいって、「これゴミが少ない」と思う商品を買うだけなのですから。小学生にだってできます。

でもみんなやらない。

何故なんでしょう。

そもそもやりたくない。やる意味がないと思う人は置いといて、
(これについてもまた書かせて頂きます!!)
共感していて、やりたいと思う人でもできないんです。

またダイエットなんかでもそうですよね?
ちょっと運動する。食べる量を減らすそれだけでいいはずです。
でもなかなかできない。
言うは易く行うは難し

こうした現状を見ると納得できる言葉ですね。

一方で孫文は
知るは難く、行うは易し
といっています。
自分にできることは何なのか、どうやったらできるのか
それを知ることが難しく、実際にやることは簡単なんだという訳です。

みなさんはどう考えますでしょうか。
私はどちらも違うと思います。

本当に難しいのは、一歩踏み出すことじゃないでしょうか。
ちょっと踏み出してあとは無理なくやる
それが大事なんじゃないでしょうか。

何かするってことをものすごい大変で難しいと思うから
最初の一歩をものすごい勢いつけて大股で踏みだそうとする。

そうじゃなくて自分が無理なくできることを「知って」
その範囲で踏み出したらいいのではないでしょうか?

それはある人にとっては毎日10キロ走るかもしれないし
ある人にとってはいつもより一駅分歩くことかもしれません。

どちらにしろ前より悪いことはないです。
そしてそれは続けられれば続けられるほどいいのではないでしょうか?





2012年5月3日木曜日

目標は口外しない??



今日参加したTEDee Kobe のTEDのテーマがおもしろかったのでシェアします。
(TEDee Kobe ってのを知らないかたはこちら 代表の長内君のブログです。)








なんと目標は人に伝えない方がいいというのです。

つまり、目標を人に伝えただけでやった気になって、努力を怠ってしまうと言うのです。
ちょっと衝撃ですよね?
私もやりたいこと、目標は人に伝えるべきだと信じていますし、事実そうしています。
何故なら、人に言うことによって、プレッシャーがかかるし、
もしかしたら、実現へのアドバイスや手助けが得られるかもしれないですし、
何より可能性が広がります。

難しいですが、
もし、実現したいことがどうすれば達成できて、どう努力すればいいか知っているならば、
人に言わずに黙って、こっそりとやった方がよく、
もし、どのように実現していいかわからない、確信がもてない場合、
公言した方がいい
ってことなんじゃないかなぁ〜と思います。

みなさんはどう考えます??

2012年4月26日木曜日

What I Wish I Knew When I was 20


What I Wish I Knew When I was 20

こんな講義、自分の大学にもあったら面白いなと思ったので紹介します。


今、手元に5ドルあります。2時間でできるだけ増やせと言われたら、どうしますか?

なんかわくわくしませんか?

一番稼いだ学生は、成果の発表の時間を最大のチャンスと考え、学生を採用したい企業にその発表の時間を売ったそうです。

こうした自由な発想、それを触発する授業、とても魅力的です。

しかし、現実の授業はなかなかそうはいきません。
理由は色々あるとは思いますが、
大学でさえ、多くの授業が教授の話をノートにとり、テストを受けるという形式のものです。
言われたことを言われたとおりにやり、上手に再現する(テストで結果を残す)。
こうしてさえすれば文句が言われない形式なんです。
実に面白くない。(中にはそれでもユニークで楽しい講義もありますが)

学生のみんなには共感してもらえるかと思います。
一方、社会人の方の中には、「面白くないことなんか社会に出たら山のようにある。つべこべ言わずにしっかり勉強しなさい。」という方もいるのではないでしょうか。

しかし、それではダメなんです。

何故ダメなのか。
それは、「頭を使わない」教育では現代に必要とされている能力が身につかないからです。

それは、就職活動で内定を総なめにする学生を見れば一目瞭然ではないでしょうか。
内定を片っ端からとっていく学生は「まじめ」に授業を受けていません。
「適当に」授業を受けて(学ぶことだけ学んで)、「まじめに」遊んでいます。
留学してNPOやボラティア、NGOなどに取り組む学生、学生起業してビジネスをする学生、こうした学生がモテるんです。

日本では、
30年前、高度成長期には、みんなが成功していたから、みんなと同じことをすることが正解でしたが、
今は、みんなが苦しい時で、みんなと同じことをしていたら失敗する時代になったんです。

つまり、今の学生に求められる能力が変わっているにもかかわらず、
教育は30年前と同じだからダメなんです。

もっと学生が自由に発想を楽しめる、授業が理想なんだろうと思います。

どうすればいいのか。一筋縄ではいかないと思いますが、
一つだけ確かなことは、待っていても何も変わらないと言うこと。

そして学生にとってある意味大きなチャンスだと思います。
裏を返せばオモロイこと、楽しいことを本気でやったら評価される世の中なんてなかなかありません。

っということで、オモロイ!!と思ったことをどんどん行動に移していきましょう。

この本には、オモロイ!!を実現する様々な手助け、教えがあります。
これからの人生をわくわくさせてくれるそんな本です。

20歳といいません。わくわくした人生を歩みたいそんな方におすすめです。

2012年4月20日金曜日

一歩踏み出すこと



Q1.未来はもっと素敵だと思いますか?

Q2.自分の手で、未来をもっと素敵にできると思いますか?

この2つの問いにYes!!と即答したくなる本を紹介します。


「社会的な課題の解決と同時に、新たな価値を創出する画期的な仕組みを作ること」
本書ではソーシャルデザインはこのように定義されています。

なんやらものすごく壮大で難しそうです。
が、そんなことはありません。
実はあなたがもっているものを上手に使うだけでできてしまうことなんです。

本書の中でも紹介されている取り組みを一つ紹介します。

東京シャボン玉倶楽部の取り組みです。
「たばこの代わりにシャボン玉で健康的に一服しよう」という取り組みです。

社会的な課題;健康ブームの広まりにより喫煙によるコミュニケーションの機会が失われている
画期的な仕組み;シャボン玉で一服するシャボステーション
新たな価値;健康的なコミュニケーションの機会、大人だけでなく子どもも参加できる

こんな所でしょうか。
今では都内のレストランやゲストハウス、京都や福岡にも活動が広がり、
専用の器具までできているみたいです。

他にも面白い取り組みがたくさん紹介されています。
どの取り組みもなんか楽しく、面白い。だから、人々の心を踊らせられる。
人が行動を変えるには楽しい!!が必要なんです。
罰金があるからといって時速を守ろうとはしませんが、時速守ってるひとに宝くじがあたるとしたら??ちょっとやってみたいと思いますよね??
また、こうした面白いアイデア、取り組みには人を前向きにし、なんか自分にもできるそんな気にさせてくれます。

何も難しいことはない、「自分にできることをやってみる。」それが大事なんです。

前回のブログでもかきましたが
夢を実現できるひとは根拠を情熱に求める。
夢を実現できないひとは根拠を才能に求める。
このことは今回のことにも言えます。

こんなんあったらおもろいかも!!をちょっとやってみる。
もしかしたら世界を変える切り札はこの好奇心かもしれませんね。

2012年4月16日月曜日

手紙屋


久しぶりの更新です。
今回はとある先輩から渡された一冊の本の紹介。
普段あまり小説を読まない私にとっては久しぶりに読んだ小説になります。
一人の就活生と手紙屋との文通の話です。

「あなたの能力は、今日のあなたの行動によって、開花されるのを待っています。」

この言葉が印象的でした。

物語の中で、人間同士の交流はすべて「物々交換」だということに気づきなさいと語りかけています。
世界中のどこでも、私たちが欲しいものを手に入れる方法は、それがモノであっても友情であっても「物々交換」であると。「相手の持っているものの中で自分が欲しいものと、自分が持っているものの中で相手が欲しがるものとを、お互いがちょうどいいと思う量で交換している」


それは就職活動においても、人生においても同じ。


自分がもっている他の人が欲しがるもの、それは何だっていい。
気遣いかもしれないし、笑顔かもしれない。
でも人はみな誰かに与える何かをもっている。
そんなことを気づかせてくれました。


また夢を叶えるひとと叶えられない人の違いは


根拠を情熱に求めるか才能に求めるかである。
ということも述べられています。


冒頭の一節はそう、
今目の前にあることに対し全力で取り組み
自分がどうしてもやりたいことは何か
それを叶えるためには、夢と天秤が釣り合うようにするためには
何をしなくてはいけないか
それを考えて日々行動しなさい
そうすることで才能は自らの手で開花させられる


ということなんです。



行動する勇気を持っているという事実は、あなたの将来の成功を約束してくれるはず

自分の持っていないもののせいにしても何も変わらない、
自分に今何ができるか、それが重要なんです。



人生の岐路に立つ全ての人に


手紙屋 著:北側泰

2012年3月25日日曜日

現代の別れ


一昨日は大学の卒業式でした。
お世話になったゼミの先輩方も卒業されて感動も一入ですが感情的なものは抑えて書きたいと思います。
卒業というのは卒業するものにとっても残されるもにとっても大きな別れの儀式です。
しかし、現代の別れの持つ意味合いは大きく変わったのではないかと思います。
それにはSNSの登場が大きく寄与しています。
SNSによって友人に直接コンタクトをとらなくても近況がわかるからです。

これってものすごい大きな変化なのではないでしょうか。

もしSNSがなければ、
遠く離れた友人とのコンタクトの手段は電話やメール、はるばると遠い道のりを直接会いにいく、だいたいこの3つしか手段がないかと思います。
そしてこれらの行動には、能動性が避けようになく伴います。
電話をしよう。と思わなければ絶対にしないですし、メールもしかりです。
受け手にとっても送り手に比べれば小さいですが、受け手とコンタクトをとろう(メールを見ようとか電話をとろうとか)としなくてはいけません。
一方、SNSはというと受動的にコンタクトがとれます。受け手はタイムラインをみれば不特定多数の友人の近況を知ることができ、送り手も一つの動作で不特定多数の友人に近況を発信できます。
以前であれば久しぶりに会った友人との会話は「久しぶり、最近どう?、元気してる?」だったのが、今では「久しぶり、この前フランスいったみたいだけどお土産は?」とかになってしまう。

自分の日常の中で関わりのある世界を「ウチ」、関わりのない世界を「ソト」とするならば、SNSの登場は「ウチ」の拡大であり、「ソト」の縮小です。
別れは「ウチ」から「ソト」への通過儀礼であったものが「ウチ」から「ウチ」、これからも「ウチ」であることへの確認の儀式へと変化したということなのかもしれません。

そのうち「別れ」は今の別れではなくなって死別と同義になるかもしれませんね。
みんなSNSをしましょう。そうすれば別れなくてすみます。


2012年3月20日火曜日

強みって何?


あなたの強みは何ですか?

就活生であればだれしも聞かれる質問だと思います。
正直難しい問いです。
そもそも強みって何?
そこから考える必要があるかと思います。

2種類の強み
1つは技術や知識
2つめは才能(資質)
要は努力で身につけられるものと身につけられないもの

就活の強みは?という質問で聞かれているのは後者の強みではないでしょうか。

もちろん前者の強みも大切ですがこれってあまり聞く必要がないんです。
技術や知識はある程度指標に置き換えられるからです。
〇〇検定○級 とか TOEIC 何点とか
あるいは大会などの成績かもしれません。
でもこれって履歴書をみればわかる部分。敢えて聞く必要がないし話した所で実際にどういう技術かなどは伝わってこない(語られたものでしかない)。
もし本当に知りたければテストするはずですし実際やっている所もある。
そして決定的なことにほとんどの学生の語る技術や知識は仕事で役に立たない、もしくは入社後でも十分身につけられることだと思います。
だから敢えて聞く必要がない。

だから2つめの強み、才能や資質の部分を聞かれているのだと考えるべきです。
でも才能や資質ってどう知れば良いのか。これが難しいから就活生は困る。




強みって何?才能って何?ってことが書かれていて読み終わるときには自分の強みが5つみつかる本です。

ここでいう才能や資質ってつまるところ性格とか人格のコアの部分、絶対に変わらない部分のことです。本の中ではこれを34個に分類しています。例えば競争性とか、慎重さとか社交性、ポジティブなどが挙げられています。どれかを持っていてどれかを持っていないということではなくてそれぞれの資質の強さで量られていて、その強いものが自分の強みという訳です。
こうした資質は脳のシナプス結合に影響するようなのですが生まれてからまもなく無数に増えて3歳から15歳までの間でほとんど失われるようで、二度と再生しません。
つまり、15歳までで強く現れた資質が残り、発達する一方、他は失われるということです。

もちろんその後の努力が無駄という訳ではないです。ポジティブでない人でもポジティブな行動とか思考はできるようになるでしょうが(ポジティブな資質がゼロではないから)、資質のある人に比べるとその成長の速度、容易さは全然異なります。
そしてどの資質が良いとか、どの資質が悪いとかいうことはないです。どの強みをもった人でも輝かしい人生を歩んでいる人がいます。

つまり、サッカーの才能とか弁護士の才能みたいなものはなくて自分の強みをどのように活かすかで人生変わるということです。
同じ職業で違う強みを活かして同じように活躍する人がいるということですね。
例えばコミュニケーションを強みとするマネージャーと指令性(周囲に道を示す力)を強みとするマネージャー、どちらも同じように活躍することができますが強みは違います。

結局、一番大切なのは、自分に強みに素直になることではないでしょうか。
どういう時に楽しいか(強みを使ってるのはどんな時か)を見つめ、強みをのばすことが大事ってことです。←「ゲームするのが楽しいからゲームする」ではなくてゲームのどこが楽しいかを見つめる、他の楽しみと関連づけて強みを見つけるということ。

どの資質がいいなんてことはない訳ですから。






生活者発想


世の中の何でもない普通の日常、確かに些細でありきたりな毎日。でもそこにも様々な発見があります。そしてそこには新しいビジネスチャンスが転がっているはずです。


「生活者」、消費者をある商品を「消費」する主体としてではなく「消費」する以前に様々な生活を営む者であり、その営みの手段として商品を選び「消費」する者であるという考え方のことです。大手広告代理店の博報堂が創った言葉です。


少し昔であれば生活者発想はあまり必要ではなかったかも知れません。何故ならとにかく技術で解決できることが多かったからです。こんなものあったらいいながわかりやすかった。
例えば携帯電話
いつでもどこでも電話ができたらいいな
非常に単純な発想で実現可能な技術さえあればできたと思います。
しかし、携帯電話ができてしまった今、技術力だけではよりいいものはできません。
「いい」という方向性を定めなくてはいけないからです。
ここに生活者発想の重要性があります。
この「いい」を知っているのは生活者だけだからです。(開発する技術者も技術者である前に一人の生活者なのですが)

商品の本質は生活者の「こんなのあったらいいのに」を実現することではないでしょうか?
日本は高い技術をもった国だからこそこの視点が忘れがちになります。
企業目線の「おれらこんなもん作れるんだ!!すごいだろ!!」という商品を人は欲しがりません。
iPodが売れてWalkmanが売れなかった(巻き返しはしましたが)理由
googleが世界一の検索エンジンになった理由
そこには生活者発想が見え隠れしています。

上に紹介した本は、じゃあどうやったら生活者発想ができるの?そもそも生活者発想って何?ってことが書かれています。

現在就活中ということでどの企業にいってもこの視点は忘れたくないですな。